話を元に戻します。食堂で10分ほど待ちました。
「んにゃ、ごめんね〜電話長引いちゃってさぁ。撮影日決まったよ。来週ね。スケジュール大丈夫でしょ」
「ちょっと待ってください。確認します」と真っ白なシステム手帳をパラパラ見てから、おもむろに「ええと、大丈夫で〜」と答える前に「ええとね、四谷の喫茶店で待ち合わせなんだよねー。軽くインタビューしてから撮影ね。その後試合があるみたいだから、撮影はほとんど時間とれないんだけど、その辺でチャチャッと撮ってくれるよね」
「表紙ですよ? チャチャッでいいんですか?」
「エトさんなら問題ないですよ、んにゃ」
「はい。やれといわれれば……どんな絵にしますか。何かアイデアありますか」の「何か〜」を言い終わる前に「エトさんにすべてお任せしますよ」と迷いもなく即決即答。なにも考えていないような答が返ってきました。
「身長はどのくらいでしょう。外国人プロレスラーだからかなりデッカいんじゃないですか。もしかしたら私よりでかいとか。バイク絡みで撮影しますよね」「そうだなあ、一応バイク雑誌だし、アメリカ人だし、アメリカンでいいか」撮影車についても特に深く考えてないようでした。
「バイクウエアとか着せたら誰か分からなくなりそうなので、コマーシャルの衣装着てもらった方がいいんじゃないですか。バイクは50ccの小さいので、バイク抱えたりすれば彼女の大きさが〜」「ああ、そうね、そうしよう」やっぱりなにも考えてないようでした。
「撮影場所はどうします。あの近所で撮影できるのは、新宿通りの御苑方向交差点近くの歩道くらいですよ。あえて人払いとかしないで、通行人の目線とか表情写し込んだ方がおもしろい絵が〜」「ああ、そうね、そうしようか。んにゃ」全くもって、一事が万事、万事が一億事、全てこの調子でした。
撮影当日、約束の時間に編集部に行くと、すでにO合さんは来ていました。
「エトさん、ホンダさんからバイク借りといたからね。小さくていいでしょ」ハイエースにはモンキーバハが積み込まれていました。なるほど、なにも考えていないように見えて、ちゃんと考えているように見えてしまいました。O合さんにしては上出来なバイクセレクトでした。
喫茶店に着くとすでに女子プロレスラーさんがいらっしゃいました。2メートル近くあるんじゃないかと思っていましたが、実際は私よりちょっと低い173cmくらいでした。しかしそれでも日本人女性と比べればでかいです。勝手にCMの衣装で来るかと思いこんでいましたが、普通に上下ジーンズのウエスタンスタイルで、なぜかちょっとガッカリしました。そんなカッコで電車に乗ってくるわけないんですよね、当たり前ですが。
「ハローナイスチューミーチュー」と挨拶をすると「コンニチハ、キョウハヨロシクオネガイシマス」と返されました。
「日本語分かりますか?」と聞くと「スコシダケ」というので負けないように「アイ、スピーク、イングリッシュ。ア、リトル」と返しました。いったい何の会話でしょう。でも、外人さんの撮影といっても難しい要求をしなければ、「スマイル」「グーッド」「ライトサイド」「レフトサイド」「アップ、ダウン」くらいで何とかなってしまうものです。ただしカメラマンになって外人モデルをなんとかしようと思っている向上心の強い方は、もっときちんと英語の勉強をしましょう。きっと広尾あたりで大きな後悔をしますから。
話は脱線しますが(もう脱線していますけど)、アシスタントだった頃、スタジオでものすごくきれいな外人女性モデルさんを撮影した後、バイクで広尾駅まで送る事になりました。ヘルメットが一つしかないので「アーユーオーケー?」とノーヘルのジェスチャーをしてオネーちゃんを後ろに乗せました(←このまま走り出すともちろん違法行為ですから、私はエンジンをかけずバイクをいっしょうけんめいに押しました←信じるか信じないかは貴方次第です。わたしだったらもちろん信じませんが)。バイクの後ろで金髪美人がキラキラ輝く髪をなびかせる様は、それはもう道行く人の目をめいっぱい引きつけたことはいうまでもありません。私は人生最高の優越感に浸って走りました(←もちろんバイクを押して←果たして髪がたなびくほどのスピードで押せるのか)。広尾交差点で彼女を降ろすと「サンキュー、バーイ」と手を振りながら地下鉄の駅に消えて行きました。精神的にも肉体的(主に下半身)にも絶頂期を迎えた私は、お別れのキスでもしてくれたらここでこのまま死んでもいいくらいの昂ぶりでした(もしもほんとにチューしてくれたら、もっといろいろなことをしたくなって死んでも死にきれないでしょう)。もっと語学力があったら、もっと押しの強い人間だったら、きっと私の人生も変わっていた事でしょう。
こんな事を書いていたら、もうひとつ思い出しました。某社というか弊社というかの慰安旅行にくっついてペナン島に行ったときの事です。
ホテル前の屋台にかわいい子がいたので何とかならないかと通っていたのですが、ある日かっこいいお帽子を被った英語ベラベラの日本人紳士が鳶のごとくさらっていきました。件の紳士が後に教えてくれた言葉は今でも覚えています。オネーちゃん曰く「あの人は背が高くてカッコイイけど、目が何時もキョロキョロして落ち着きがない」と。
その旅行ではいろいろなことがありました。若い男2人もなんとかプールサイドでオネーさんをゲットしようと必死に努力していた事。その上司がアメックスのゴールドカードで買い物しようとしたら現地の人がゴールドカードを知らなくて、本物かどうか調べに行った事。レストランで出た緑色の唐辛子を「辛くない」と食べたら、拍手を貰ったので調子に乗ってばくばく食べ汗が滝のように吹き出していた東北出身のカメラマンの事。コースが競馬場の内側にあるゴルフ場は深いブッシュだらけで、打った球がすぐにロストしてしまい、ブッシュに入った球に数人の子供が群がり、球を見つけると売りにくる事。で、「それ今打った私の球なんですけど」と言ってみたところで通じなかった事。さらに打った球が民家に飛び込み、蜂の巣をつついたような悲鳴が響き渡った事等々。そう、あれはサッカーのトヨタカップで雪が降った時の出来事(1987年?)だったような気がします。
そんな事はどうでもいいですね。話を戻しましょう。
O合さんがインタビューをしている間に付近をロケハンし、交差点手前の歩道が少し広がり始めた辺りで撮影する事に決めました。新宿通りの反対側に交番があるのですが、離れているので分からないだろうと。
喫茶店に戻ると、通訳さんを介したインタビューはすでに終わったようでした。撮影場所をO合さんに伝え、先に1人で現場に向かい機材をセットして煙草を吸いながら待っていると、突然「ダ・ダーン! ボヨヨン」と目の前にオッパイブリブリのオネーさんが現れました。いつの間にか着替えたようで、コマーシャルで見るより何倍もでかく見えました。筋肉も凄いし、なによりおっぱいが困るくらいでかいのです。目がオッパイから離れないのです。迫力十分です。歩道にいきなり筋肉モリモリの外人女性が現れたので、サラリーマンや先にある丸正(スーパー)から出て来たおばちゃんがチラ見します。当たり前です。そんな事は気にせず、逆に映り込んでほしかったので、バイクをセットしてポーズをしてもらい、「スマイル、 グードッ、 グードッ、スマイル! ストロングポーズ、プリーズ、オーケイ、グードッ」を連発しながらどんどんシャッターを切りました(とはいえ、デジタルではなくフィルムですからせいぜい1ロール36枚くらいです)。
リクエスト通り5分くらいで撮影は終わらせました。騒ぎになる前に、反対側の交番のおまわりさんが飛んでくる前に、ささっと撮影したのがこの表紙です。なかなか迫力のある絵になったと思うのですが、本が出る頃には「ダ・ダーン! ボヨヨン」のブームも下火になってしまい、特に反響もありませんでした。O合サン、やっぱりなにも考えていなかったようです……おしまい。
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